はじめに:田舎暮らしの「舞台」を探して
ブログ「田舎移住の光と影」へようこそ。運営しております、タカシです。前回は、私たちの移住計画を都会で暮らす子供たちに打ち明けた時のお話をさせていただきました。幸いにも彼らの理解と応援を得ることができ、私たち夫婦は本格的に移住準備の舵を切ることになりました。
さて、移住という人生の一大事業において、その後の暮らしの質を大きく左右するのが「住まい」の存在です。どんな場所で、どんな家に住むのか。それは、これから始まる新しい物語の「舞台」を選ぶことに他なりません。
私たち夫婦が思い描いていたのは、日本の原風景を思わせるような古民家でした。夏は涼しい風が吹き抜ける広い縁側があり、冬は薪ストーブの炎が揺れる土間がある。そして、家のすぐそばには自分たちの手で野菜を育てることのできる、ささやかな畑がある。そんな夢のような住まいを、一体どうやって探せば良いのか。それが、私たちにとっての次なる大きな課題でした。
今回は、私たちがどのようにして現在の住まいである古民家と出会ったのか、その過程で大いに活用し、また同時に多くのことを学んだ「空き家バンク」について、私たちの体験談を交えながらお話ししたいと思います。
なぜ私たちは「空き家バンク」を選んだのか
都会で家を探すのであれば、駅前の不動産屋に飛び込むか、インターネットの賃貸サイトを検索するのが一般的でしょう。しかし、私たちが移住先に選んだような過疎地域では、そうした常識は通用しません。そもそも、民間の不動産会社が扱っている物件の数が極端に少ないのです。
そこで私たちの目に留まったのが、自治体が運営する「空き家バンク」でした。これは、空き家の所有者が物件情報を登録し、移住希望者に紹介するという仕組みです。私たちがこの空き家バンクを主な手段として家探しを始めたのには、いくつかの理由がありました。
一つは、自治体が運営しているという「安心感」です。営利目的ではないため、移住者の視点に立った相談がしやすいのではないかと考えました。また、物件情報だけでなく、地域の情報や移住支援制度についても同時に知ることができるというメリットも感じました。
そしてもう一つは、「掘り出し物」への期待です。一般の不動産市場には出回らないような、その地域ならではの個性的な物件が見つかるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたのです。
理想と現実の交差点:我が家の古民家探し体験談
夢に見た古民家と、厳しい現実
空き家バンクのウェブサイトを毎日のように眺めるのが、私たち夫婦の新たな日課となりました。画面に映し出される古民家の写真を見ながら、「この縁側で日向ぼっこをしたら気持ちいいだろうな」「この庭なら家庭菜園が存分に楽しめそうだ」と、二人で夢を語り合うのは楽しい時間でした。
そしてある日、ついに私たちの理想にぴったりの物件を見つけたのです。立派な茅葺屋根、陽光が差し込む広い縁側、そして自由に使えるという畑まで付いています。写真を見る限り、多少の古さは感じるものの、すぐにでも生活が始められそうに見えました。私たちは胸を躍らせ、早速役場の担当者さんに連絡を取り、内覧の予約を入れました。
しかし、現地で目の当たりにした光景は、私たちの甘い期待を打ち砕くものでした。写真では趣深く見えた茅葺屋根はあちこちが痛み、雨漏りの跡が天井に大きな染みを作っていました。床は歩くたびにギシギシと音を立てて沈み、柱の一部は見るからにシロアリの被害に遭っています。キッチンや風呂といった水回りは、とてもそのまま使える状態ではありませんでした。
「これは…、大規模な改修が必要ですね」
同行してくれた地元の大工さんは、ため息交じりにそう言いました。後日、概算の見積もりを出してもらうと、そこには私たちの想像をはるかに超える金額が記されていました。物件自体の価格は破格の安さでしたが、住める状態にするためのリフォーム費用を合わせると、新築の家が買えてしまうほどだったのです。「安物買いの銭失い」とは、まさにこのことでした。
運命の我が家との出会い
最初の失敗は、私たちにとって大きな教訓となりました。写真はあくまで参考情報であり、必ず自分の足で現地を訪れ、自分の目で隅々まで確認すること。特に、家の土台や柱、屋根、そして水回りの状態は、生活の根幹に関わる部分として厳しくチェックする必要があること。そして何より、物件価格だけでなく、必要なリフォーム費用を含めた「総額」で判断すること。この三つの鉄則を胸に、私たちは再び家探しを再開しました。
数軒の内覧を重ねた後、ようやく出会ったのが、現在私たちが暮らしているこの家です。築年数はそれなりに経っていましたが、以前住んでいらした方がとても大切に使っていたことが一目でわかりました。柱はしっかりと太く、水回りも少し手直しすれば十分に使える状態です。そして何より、南向きの明るい縁側と、薪ストーブを置くのにうってつけの土間があったことが、私たちの心を掴みました。
役場の担当者さんが親身に間に入ってくださり、家主さんとの交渉もスムーズに進みました。私たちはこの家を借りることを決め、ついに田舎暮らしの「舞台」を手に入れたのです。
これから空き家バンクを使う方への三つの注意点
私たちの経験から、空き家バンクを利用する際に心に留めておいていただきたい注意点を三つ、お伝えしたいと思います。
注意点1:情報は玉石混交。根気と足で探すべし
空き家バンクに登録されている物件は、まさに玉石混交です。すぐに住める状態の良い物件もあれば、大規模な修繕が必要な物件も少なくありません。ウェブサイトの情報だけで判断せず、必ず現地に足を運び、納得がいくまで自分の目で確かめる根気強さが必要です。
注意点2:「家財道具一式付き」の思わぬ落とし穴
物件情報には「家財道具一式付き」と書かれていることがあります。一見するとお得に感じられますが、注意が必要です。前の住人が残していった家具や食器が、必ずしも自分たちの好みに合うとは限りません。不要なものを処分するのに、予想外の手間と費用がかかるケースもあるのです。契約前に、何が残されていて、何を処分してもらえるのかを、所有者としっかり確認することをお勧めします。
注意点3:家だけでなく「地域」も見る視点を
空き家バンクで家を探すということは、その地域の一員になるということです。家の間取りや状態だけでなく、近隣の環境や地域コミュニティの様子も、事前にリサーチしておくことが非常に重要です。例えば、隣の家との距離はどのくらいか、自治会の活動はどの程度活発なのか、地域の「決まりごと」のようなものはあるのか。役場の担当者さんや、もし可能であれば近所の方に話を聞いてみるのも良いでしょう。
空き家バンクは、確かに手間もかかり、注意すべき点も多いかもしれません。しかし、根気強く向き合えば、都会の不動産市場では決して出会えないような、温かみのある住まいと巡り会える可能性を秘めた、素晴らしい仕組みだと私たちは思っています。私たちの田舎暮らしは、この家との出会いから始まりました。この縁側で、この薪ストーブの前で、これからも夫婦二人の物語を紡いでいきたいと思っています。