はじめに:完璧な移住計画など存在しない
こんにちは。山陰の小さな村で暮らしております、タカシです。このブログ「田舎移住の光と影」では、私たちの田舎暮らしのありのままの姿をお伝えしております。
おかげさまで、移住してからの五年という月日は、夫婦二人、穏やかで充実した日々でした。畑で採れた野菜を食卓に並べ、薪ストーブの炎を眺めながら語り合う。そんな、かつて夢に描いていた以上の暮らしが、ここにあります。
しかし、正直に告白しますと、この五年間の道のりは決して平坦なものではありませんでした。今だからこそ笑って話せますが、当時は頭を抱えた失敗や、「ああ、あの時こうしておけば…」と天を仰いだ後悔も、数え上げればきりがありません。完璧な計画を立てて移住したつもりでしたが、現実はそう甘くはありませんでした。
今回は、そんな私たちの経験から得た教訓として、移住前に「これだけはやっておけば良かった」と心から後悔していることを、五つに絞ってお話ししたいと思います。これは、私たちの失敗談であり、同時に、これから移住を志す方々への心からのお節介でもあります。私たちの後悔が、あなたの移住計画をより良いものにするための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
後悔その1:『にわか百姓』を甘く見た、体力づくり
都会の健康と、田舎で必要な体力は別物だった
まず一つ目は、体力づくりの問題です。都会にいた頃、私は健康診断の数値も良好で、毎日一駅分は歩くことを心がけており、同年代の中では体力に自信がある方でした。だから、田舎での畑仕事や薪割りも「まあ、なんとかなるだろう」と高を括っていたのです。
しかし、これは大きな間違いでした。田舎暮らしで求められるのは、ウォーキングのような持久力とは質の違う、もっと泥臭い「筋力」と「腰の強さ」だったのです。
例えば、冬の生命線である薪の準備。一年分の薪を確保するには、原木を運び、チェーンソーで玉切りにし、それを斧で延々と割っていくという重労働が待っています。また、冬になれば五十センチ積もる雪との格闘が日課となります。家の周りを確保するだけの雪かきでも、一時間もすれば汗だくになり、腰は悲鳴を上げます。畑仕事も同様で、鍬で土を耕し、畝を作る作業は、想像以上に全身の筋肉を使います。
移住一年目、私はこれらの作業で何度も体を痛め、妻に湿布を貼ってもらう情けない日々を過ごしました。今となっては体も慣れ、作業のコツも掴みましたが、移住を決めたあの時から、せめてスクワットだけでも日課にしておけば、最初の苦労はずいぶんと違っただろうと、今でも悔やまれます。
後悔その2:『暮らしの先輩』への挨拶回り
役場だけでは見えない、地域の「生きた情報」
私たちは移住先の情報収集として、役場の移住相談窓口を何度も訪れ、担当者の方には大変お世話になりました。しかし、今思えば、それだけでは片手落ちでした。
私たちがもっと早くにしておくべきだったのは、その地域の「キーパーソン」、つまり、自治会の区長さんや、長年農業を営んでいる大先輩、あるいは小さな商店を切り盛りしているおかみさんといった方々に、直接ご挨拶に伺うことでした。
役場で得られるのは、あくまで制度や統計といった「公的な情報」です。しかし、本当に大切なのは、マニュアルには載っていない「生きた情報」なのです。例えば、「この土地は水はけが悪いから、根菜より葉物野菜の方がよく育つよ」といった農業の知恵や、「あそこの家の前の坂道は、冬になると凍って魔の坂になるから気をつけなさい」といった生活に密着した警告、あるいは地域独特の冠婚葬祭のしきたりなど。これらは、実際にその土地で暮らし、経験を積み重ねてきた人々でなければ、決して語ることのできない貴重な情報です。移住後、私たちはこうした情報を知らなかったことで、いくつもの小さな失敗を重ねました。契約を決める前に、何度かこの村に足を運び、そうした「暮らしの先輩」たちに教えを乞うておくべきでした。
後悔その3:『都会の感覚』でいた、車の運転技術
雪道と山道は、まったく別の乗り物だった
都会で何十年とハンドルを握ってきた私は、自分の運転技術にそれなりの自信を持っていました。しかし、その自信は、移住して最初の冬に木っ端微塵に砕け散りました。
標高の高いこの村では、冬の雪道、凍結路(アイスバーン)での運転は日常です。スタッドレスタイヤを履いていても、ツルツルと滑る坂道では、冷や汗が止まりませんでした。急ブレーキや急ハンドルが禁物なのは頭では分かっていても、いざという時に体が反応してしまうのです。また、雪のない季節でも、道幅が狭く、見通しの悪いカーブが続く山道での運転は、都会のそれとは全く勝手が違います。
幸いにも事故には至りませんでしたが、最初の頃は冬の運転が怖くて、家に閉じこもりがちになった時期もありました。これでは豊かな田舎暮らしも台無しです。もし時間を戻せるなら、移住前に雪国で開催されているドライビングスクールに参加するなどして、雪道運転の基本をしっかりと学んでおきたかったと痛切に感じています。
後悔その4:『いつか使うかも』という、モノへの執着
古民家の収納力と、都会の便利さはイコールではない
長年住んだ都会の家から引っ越すにあたり、私たちは多くのものを処分したつもりでした。しかし、それでも「これはいつか使うかもしれない」「せっかくだから持っていこう」と、大量の荷物をトラックに詰め込んでしまったのです。
古民家は確かに部屋数も多く、一見すると収納スペースは豊富にあるように思えます。しかし、押し入れの奥行きが現代の収納ケースと合わなかったり、湿気が多くて置けるものが限られたりと、実際に使ってみると意外と不便な点が多いことに気づかされます。結局、都会から持ってきたお客様用の布団セットや、ほとんど着ることのないスーツ、趣味で集めた大量の本などは、開かずの間に積まれたまま。それらの荷物を運び、管理するために費やした労力と費用を思うと、ため息が出ます。
田舎暮らしで本当に必要なものは、驚くほど少ないのです。もっと「捨てる勇気」を持ち、自分たちの新しい生活に必要なものだけを厳選して身軽になっていれば、移住後の片付けもずっと楽だったはずです。
後悔その5:妻の『小さな商い』への準備不足
「好き」を仕事にするための、現実的な手続き
私たちの収入は、年金と、妻が営む料理教室やジャムなどの加工品販売です。移住前から、料理上手な妻が「いつか自分の作ったもので、ささやかな商いができたら」と夢を語っており、私もそれを応援していました。しかし、その「夢」を「現実」にするための具体的な準備を、私たちはほとんどしていませんでした。
いざジャムを加工して販売しようとした時、私たちは初めて、食品を製造・販売するためには保健所の許可が必要であること、そのために自宅の台所とは別に専用の加工施設が必要になる場合があることなどを知りました。また、地元の直売所に出品するためのルールや、販路の開拓方法など、知らないことばかり。結局、必要な手続きや準備に手間取り、妻が本格的に販売を開始できたのは、移住してから一年以上が経過した後のことでした。
移住前に、地域の商工会に相談したり、同じように加工品販売をしている先輩移住者の話を聞いたりしていれば、もっとスムーズにスタートが切れたはずです。好きなことを仕事にするのは素晴らしいことですが、そのためにはロマンだけでなく、現実的な手続きや計画が不可欠なのだと学びました。
まとめ:後悔は、未来への道しるべ
以上が、私が田舎暮らしを始めてから気づいた「移住前の五つの後悔」です。こうして並べてみると、私たちの計画がいかに見通しの甘いものであったか、お恥ずかしい限りです。
しかし、これらの後悔は、決して私たちの移住が失敗だったという意味ではありません。むしろ逆です。これらの失敗や後悔があったからこそ、私たちは一つ一つ学び、知恵をつけ、より深くこの土地に根を張ることができたのだと思っています。
移住は、ゴールではなく、新しい学びのスタートです。どうか、私たちの後悔を「道しるべ」として、あなたの移住計画がより確かなものになることを、心から願っております。