はじめに:暮らしの快適さを左右する「高さ」という視点
こんにちは。ブログ「田舎移住の光と影」のタカシです。
移住先を探すとき、多くの人が交通の便や周辺環境、家の間取りといった点に注目されることでしょう。私たち夫婦ももちろん、そうした一般的な条件を一つ一つ検討しました。しかし、私たちが最終的にこの村を選んだ決め手の一つに、もう一つ別の視点がありました。それが「標高」です。
私たちの住むこの山陰の村は、山々に囲まれた標高の高い場所に位置しています。この「高さ」が、私たちの移住後の暮らしに、想像していた以上の大きな影響を与えることになりました。それは、素晴らしい恩恵という「光」の側面と、同時に厳しい試練という「影」の側面の両方を持っていました。
今回は、標高が高い土地での五年間の暮らしを通して、私たちが肌で感じてきたメリットとデメリットについて、包み隠さずお話ししたいと思います。もし、冷涼な気候の土地への移住を考えていらっしゃる方がいれば、ぜひ参考にしていただければ幸いです。
標高が高い土地がもたらす「光」:夏の快適さは何物にも代えがたい
天然のクーラーに包まれる、穏やかな夏
この土地に移住してきて、まず最初に感動したのは「夏の涼しさ」でした。都会に住んでいた頃は、夏の夜と言えば熱帯夜との戦いでした。一晩中エアコンをつけっぱなしにしないと眠れず、朝起きると体がだるい、というのが毎年の恒例行事。電気代の請求書を見ては、ため息をついていたものです。
しかし、この村では、その常識が根底から覆されました。真夏の日中でも、木陰に入ればひんやりとした空気が肌を撫で、汗ばむことがほとんどありません。そして、夜になると気温はさらに下がり、網戸にした窓からは涼しい風がそよそよと吹き込んできます。移住してからの五年間、我が家では一度もクーラーを使ったことがありません。扇風機ですら、本当に暑い日の昼間に少し回す程度です。夜は薄い布団をかけないと肌寒いくらいで、毎晩ぐっすりと深く眠ることができます。
この夏の快適さは、私たちの生活の質を劇的に向上させてくれました。日中の畑仕事も捗りますし、何より、うだるような暑さから解放されたことで、心に大きなゆとりが生まれました。縁側で夕涼みをしながら、ひぐらしの声に耳を傾ける。そんな穏やかな時間が、ここでは日常なのです。
澄んだ空気と、手が届きそうな満天の星
標高が高いということは、それだけ空に近いということでもあります。空気が澄んでいるため、景色はどこまでもクリアに見渡せます。雨上がりの朝、山々にかかる霧が晴れていく様は、まるで水墨画のような美しさです。
そして、夜の帳が下りると、そこには都会では決して見ることのできない、息をのむような星空が広がります。天の川がくっきりと見え、数えきれないほどの星々が、まるで手の届く場所で瞬いているかのようです。薪ストーブの準備が終わり、縁側で熱いお茶をすすりながら、この星空を眺める時間は、私にとって最高の癒やしとなっています。
また、嬉しい誤算だったのが、蚊などの不快な虫が少ないことです。これも標高の高さが関係しているのかもしれません。夏の夜に窓を開け放っていても、虫の心配をあまりせずに済むのは、非常にありがたいことです。
標高が高い土地が突きつける「影」:冬の厳しさは覚悟が必要
毎日の試練となる「雪」との戦い
さて、ここまで良いことばかりを書いてきましたが、物事には必ず裏表があります。私たちに極上の夏をもたらしてくれるこの「高さ」は、冬になると一転して厳しい表情を見せ始めます。
私たちの村では、冬になると平均で五十センチほどの雪が積もります。この「雪かき」が、冬の間の最も大きな仕事であり、試練です。朝、目が覚めてカーテンを開けると、あたり一面が白銀の世界。その美しさに感動するのも束の間、「今日も一日が始まるか」と、気合を入れ直さなければなりません。玄関先から道路までの通路、薪小屋までの道、そして車の周りと、雪かきをする範囲は思いのほか広いのです。六十五歳の体には、これがなかなかの重労働で、最初の冬は何度も腰を痛めました。
大雪が降った日には、村全体が「陸の孤島」のようになることもあります。除雪車が来るまでは、車を出すことはもちろん、買い物に行くこともままなりません。そのため、冬が来る前には、一週間程度は家から出なくても生活できるよう、食料や灯油などを備蓄しておくことが必須となります。
生活を脅かす「凍結」との戦い
雪以上に厄介なのが、気温の低下による「凍結」です。特に水道管の凍結には細心の注意を払わなければなりません。夜、冷え込みが厳しい日には、寝る前に水道の水を少しずつ流しっぱなしにしておく「水落とし」という作業が欠かせません。これを怠ったために、移住一年目に風呂場の水道管を破裂させてしまい、大変な思いをしたのは苦い思い出です。
また、車の運転も格段に危険になります。スタッドレスタイヤへの交換は当然のこと、日陰になった坂道などが凍結する「アイスバーン」には、常に神経を使います。急ハンドル、急ブレーキは厳禁。ゆっくりと、慎重に。都会での運転とは全く違う技術と心構えが求められます。
まとめ:すべてを受け入れて暮らす覚悟と喜び
標高が高い土地での暮らしは、まさに「光と影」そのものです。夏の天国のような快適さと、冬の地獄のような厳しさ。その両方を、私たちはこの五年で体験してきました。
では、後悔しているかと聞かれれば、答えは迷いなく「いいえ」です。確かに冬の暮らしは大変です。しかし、その厳しさがあるからこそ、感じられる喜びもまた大きいのです。自分たちで割った薪をくべたストーブが、家中をじんわりと暖めてくれる時の幸福感。しんしんと雪が降る夜、静寂の中で熱いお風呂に浸かる贅沢。そして、長い冬を乗り越え、庭の福寿草が顔を出した時の、春の訪れへの感謝の気持ち。これらはすべて、この厳しい冬があるからこそ、より一層深く味わえるものだと感じています。
もし、あなたが標高の高い土地への移住を検討しているのであれば、私が伝えたいことは一つです。ぜひ、夏の素晴らしい時期だけでなく、最も厳しいであろう冬の時期にも、その土地を訪れてみてください。そして、地元で暮らす人々の話を直接聞いてみてください。その上で、厳しい「影」の部分もすべて受け入れる覚悟ができた時、そこにはきっと、何物にも代えがたい豊かな「光」に満ちた暮らしが待っているはずです。