はじめに:健康診断の結果に驚いた、移住五年目の春
こんにちは。山陰の山村で、土の香りと共に目覚める毎日を送っております、タカシです。
先日、年に一度の健康診断を受けるため、夫婦で町の病院へ行ってきました。都会にいた頃は、毎年何かしらの項目で「要経過観察」の印がつき、そのたびに一喜一憂していたものです。特に私は、長年のデスクワークと運動不足がたたり、血圧やコレステロール値が常に基準値の縁をさまよっていました。
しかし、先日受け取った診断結果を見て、私たちは思わず顔を見合わせ、そして笑ってしまいました。なんと、夫婦そろって、すべての項目が「異常なし」。特に私の血圧やコレステロール値は、十年前の四十代の頃よりも良好な数値を示していたのです。問診を担当した若い先生も、「タカシさん、何か特別な運動でもされているんですか?素晴らしい数値ですよ」と、感心した様子でした。
特別な運動?ジムに通っているわけでも、高価なサプリメントを飲んでいるわけでもありません。私たちの暮らしの中心にあるのは、ただ、来る日も来る日も繰り返される、あの泥臭い「畑仕事」だけです。今回は、この畑仕事が、私たちの心と体にどれほどの恩恵をもたらしてくれているのか。六十五歳の私たちが、おかげさまで医者いらずの健康な毎日を送れている、そのささやかな秘訣についてお話ししたいと思います。
【体の健康編】畑は、最高の「自然のジム」だった
都会にいた頃、私は健康のためにと、一駅手前で電車を降りて歩いたり、休日に妻とウォーキングに出かけたりしていました。しかし、今思えば、それらは「健康のため」という目的意識が先行する、どこか義務的な運動でした。しかし、畑仕事は全く違います。
全身の筋肉をくまなく使う、究極のトータルエクササイズ
畑仕事は、驚くほど全身の筋肉を使う、実に合理的な運動です。固い土を耕すための鍬(くわ)仕事は、足腰の筋力と体幹を鍛えます。畝を作るために中腰の姿勢を保つことは、天然のスクワット運動そのものです。雑草取りで長時間しゃがみ込む作業は、股関節の柔軟性を高めてくれます。そして、収穫した野菜や、肥料の袋を運ぶ作業は、腕や背中の筋肉を刺激します。
これらはすべて、「野菜を育てる」という明確な目的のための動きであり、ジムのマシンのように単調な筋肉の収縮を繰り返すのとはわけが違います。「美味しい野菜を食べる」というご褒美が待っているからこそ、私たちは飽きることなく、楽しみながら、知らず知らずのうちに全身の筋肉を鍛えることができているのです。
太陽の光を浴び、規則正しい生活リズムを刻む
もう一つ、私たちの健康を支えているのが、太陽の光です。朝、太陽が昇ると共に畑に出て、日の光を全身に浴びる。このシンプルな習慣が、体内でビタミンDを生成し、骨を丈夫にしてくれます。また、日中にしっかりと体を動かすことで、夜は自然と深い眠りにつくことができます。「早寝早起き、腹八分目」という健康の基本を、畑がごく自然に、私たちの生活リズムに組み込んでくれたのです。
【心の健康編】土との対話がもたらす、穏やかな精神安定
畑仕事の恩恵は、身体的なものだけにとどまりません。むしろ、私たちの「心の健康」に与える影響の方が、より大きいのではないかとさえ感じています。
「育てる喜び」が、生きる張り合いになる
定年退職後、多くの人が直面するのが、「社会的役割の喪失」からくる気力の低下です。私も、長年背負ってきた「会社員」という看板がなくなった当初は、どこか心にぽっかりと穴が空いたような感覚がありました。
その穴を埋めてくれたのが、畑の存在でした。自分の手で蒔いた一粒の種が芽を出し、葉を広げ、花を咲かせ、やがて実を結ぶ。その生命の神秘的なプロセスに日々立ち会うことは、何にも代えがたい「育てる喜び」と「生きる張り合い」を、私たちに与えてくれました。「自分が世話をしなければ、この子たちは枯れてしまう」。このささやかな責任感が、私たちの毎日に目的とリズムを与えてくれているのです。
土に触れる、究極の「アースセラピー」
科学的にも、土の中にいる微生物に触れることが、人間の精神を安定させる効果があると言われています。難しい理屈は分かりませんが、ひんやりとした土の感触、雨上がりの土の匂い、ミミズや虫たちの小さな営み。そうしたものに五感で触れていると、日々の悩みや不安といった、頭の中の雑音がすーっと消えていくのを感じます。
雑草を一本一本、無心で抜いている時間。それは、私にとって最高の瞑想(メディテーション)の時間です。土との対話は、私たちに「自然の一部として生かされている」という、謙虚で、そして穏やかな心持ちを思い出させてくれるのです。
まとめ:最高の健康法は、暮らしの中にあった
もちろん、畑仕事が万能薬だと言うつもりはありません。時には腰を痛めることもありますし、夏の炎天下での作業は熱中症の危険も伴います。無理は禁物であり、自分の体の声に耳を傾けながら、上手に付き合っていくことが何より大切です。
しかし、私たち夫婦にとって、畑仕事が最高の「健康法」であり、「生きがい」であることは、間違いのない事実です。
それは、「食」と「運動」と「精神の安定」という、人間が健康に生きていく上で最も重要な三つの要素が、すべて凝縮された活動だからです。自分たちの手で、安全で美味しい食べ物を育て、その過程で自然と体が鍛えられ、心は穏やかになる。こんなに合理的で、素晴らしい健康法が他にあるでしょうか。
私たちは、これからも高価な健康食品に頼るのではなく、この小さな畑という「主治医」と共に、一日一日を大切に、そして元気に歳を重ねていきたいと思っています。それが、私たちが田舎で見つけた、最もシンプルで、最も豊かな生き方なのです。