
はじめに:理想と現実の狭間で
こんにちは。山陰の小さな村で、地域の方々との繋がりに日々感謝しつつ、時折、文化の違いに頭を悩ませております、タカシです。
これまでのブログで、私は田舎暮らしの素晴らしい側面として、ご近所さんとの温かい「助け合い」の精神について、何度も語ってきました。畑で採れた野菜をおすそ分けし合い、大雪の日には除雪を手伝ってくれる。そんな、都会では失われつつある人と人との温かい繋がりは、間違いなくこの村の「光」の部分であり、私たちの暮らしを根底から支えてくれています。
しかし、物事には必ず光と影があるように、この素晴らしい「助け合い」の文化もまた、その裏側に、移住者である私たちを戸惑わせる、ある種の複雑さを内包していました。それは、言葉にはなっていないけれど、誰もが暗黙のうちに理解している「見えないルール」の存在です。
今回は、これまであまり語ってこなかった、田舎暮らしの「影」の部分に少しだけ踏み込んでみたいと思います。私たちがこの村で経験した、助け合いの美徳の裏にある「見えないルール」に戸惑った、いくつかの実体験。これは、決してこの村の悪口を言いたいわけではありません。むしろ、これから移住を考えている方々が、私たちと同じような戸惑いを少しでも減らせるようにという、老婆心からのお話です。
戸惑いその1:お返しは「現金」にあらず。「労働」と「時間」で返すのが礼儀
移住して最初の冬のことです。一晩で50cmを超える大雪が降り、玄関先から道路までが完全に雪で埋もれてしまいました。六十五歳の私一人では、とても手に負えない。途方に暮れていた矢先、隣の家に住む、まだ四十代の屈強な息子さんが、小型の除雪機を轟かせて現れ、あっという間に我が家の前の雪を片付けてくれたのです。
都会の感覚が抜けきっていなかった私は、そのあまりのありがたさに、すぐさま菓子折りと、「これで一杯やってください」と一万円札を入れた封筒を持って、お礼に伺いました。ところが、その息子さんは、菓子折りは受け取ってくれたものの、お金の入った封筒を見るなり、少し困ったような、そしてどこか寂しそうな顔で、こう言ったのです。
「タカシさん、気持ちは嬉しいですが、こういうのはやめてください。当たり前のことをしただけですから。お金で返されると、かえって水臭いですよ」
私はその時、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けました。都会では、専門の業者に頼めば当然お金がかかるような労働を提供してもらったのだから、現金でお礼をするのは、ある意味で最も合理的で、相手に気を遣わせない「礼儀」だと考えていました。しかし、この村では、その「合理性」が、逆に人間関係に壁を作ってしまう「非礼」にあたるのだと、この時初めて知ったのです。
では、どうやって返せばよかったのか。後に分かったことですが、この村での「お返し」の基本は、「労働」と「時間」でした。例えば、その息子さんが田植えで忙しい時期に、私たちが「何か手伝えることはありませんか?」と声をかけ、半日でも作業を手伝う。あるいは、妻が特製の煮物や保存食を、多めに作って「いつもお世話になっているから」と、そっと玄関先に届ける。そうした、お金を介さない、手間と時間をかけたお返しこそが、この土地での本当の「礼儀」だったのです。
戸惑いその2:「遠慮」は美徳にあらず。時には「頼る」ことが相手への信頼の証
もう一つ、私たちを悩ませたのが「遠慮」の文化です。日本人特有の美徳として、「人に迷惑をかけない」「何でも自分で解決する」という考え方が、私たちの体には染み付いていました。
移住して間もない頃、家の雨どいが壊れてしまい、脚立に登って自分で修理しようとしたことがありました。しかし、高齢の私がおぼつかない足取りで脚立に登る姿は、見ている方がハラハラしたのでしょう。通りかかったご近所の何人もの方から、「危ないからやめなさい!」「そういう時は、遠慮なく声をかけてくれれば、うちの若いのがすぐにやるのに!」と、半ば叱られるように言われてしまいました。
私たちは、自分たちの問題でご近所さんの手を煩わせるのは申し訳ない、という「遠慮」から、自分たちで解決しようとしました。しかし、彼らにとっては、その「遠慮」こそが、まだ自分たちを信頼していない、心を開いていない証拠のように映ったのです。「水臭い」という言葉を、ここでもまた聞くことになりました。
この村では、「困った時はお互い様」という言葉が、本当に生きています。そして、そのコミュニティの一員である証は、人を助けることだけでなく、上手に人に「頼る」ことでもあるのです。自分たちの手に負えないことは、素直に「すみません、助けていただけませんか?」と頭を下げる。その素直さが、相手への信頼のメッセージとなり、より強い絆を育んでいく。この「頼る勇気」を持つまでに、私たちは少し時間がかかりました。
戸惑いその3:プライバシーの境界線は、都会よりもずっと内側にある
都会のマンション暮らしでは、隣に誰が住んでいるかさえ知らない、ということも珍しくありません。しかし、この村では、プライバシーの概念が全く異なります。
例えば、回覧板を届けに来たご近所さんが、そのまま玄関先で30分世間話をしていくのは日常茶飯事です。畑仕事をしていれば、「タカシさん、そのナスの苗は、もう少し間隔をあけた方がいいぞ」と、頼んでもいないアドバイスが飛んできます。時には、「昨日、息子さん、車で帰ってきてたみたいだね」と、私たちの家族の動向まで把握されていることもあり、最初は正直、少し戸惑い、息苦しさを感じたこともありました。
しかし、これもまた、光と影の関係なのだと気づきました。プライバシーがないということは、裏を返せば、常に誰かが気にかけてくれているということなのです。もし、我が家の新聞が二日間たまっていたら、きっと誰かが「タカシさん、どうしたんだろう?」と、心配して家を覗きに来てくれるでしょう。この「見守られている」という安心感は、高齢者二人暮らしの私たちにとって、何物にも代えがたいセーフティネットです。都会の完全なプライバシーと、この村の温かいお節介。どちらが良いという話ではなく、私たちは後者を選んでここに来たのだと、今では割り切れるようになりました。
まとめ:郷に入っては郷に従う。その覚悟と、対話の重要性
田舎暮らしの「助け合い」は、無条件の善意だけで成り立っているわけではありません。そこには、長い年月をかけて培われてきた、その土地ならではの「見えないルール」や「価値観」が存在します。移住者である私たちは、まずそのルールを理解し、尊重する努力をしなければなりません。
もちろん、すべてを鵜呑みにする必要はないでしょう。どうしても納得できないことや、自分たちの価値観と相容れないこともあるかもしれません。その時は、一方的に心を閉ざすのではなく、「私たちは、都会ではこういう風に考えていたのですが、この土地では違うのですね。なぜなのか、教えていただけますか?」と、謙虚に対話を試みることが重要だと感じます。
助け合いは美徳です。しかし、その美徳を本当の意味で享受するためには、私たち移住者側にも、これまでの常識を一度リセットし、新しい文化を学ぶ覚悟が求められるのです。その戸惑いの先にこそ、本当の意味での「隣人」としての道が、開けているのだと信じています。

